寛容になりたい

「みんなっ、遅くなってごめんね！」

私は、帰るなり鞄を投げ捨て、急いで台所に駆け込んだ。

今日は教授の講義が長引いて、いつも乗る電車に乗れなかったのだ。

「おう、お帰り。花菜」

「チカ兄…？」

私がキッチンで見たのは、スーツを着て三割増しに格好いいお兄ちゃんと、何故か椅子の上に正座で俯いている、幸村の姿だった。

「え？なになに、どうしたの」

「今日、幸村の三者面談だったんだよ」

「ああ、高校の…」

ちらりと時計を見ると、もう大分遅い時間だ。

私は仕方なく寿司の出前をとることにして、受話器を片手に、お兄ちゃんの話を聞いた。


「…まぁつまり、ユキがまだ進路決まってないってことね」

「うっ…」

「ユキ兄さんは優柔不断だからな」

部活から帰って来たかすがも交え、食卓は兄弟会議の場となっていた。

出前の寿司を頬張って弟を見ると、完璧にメンタルがやられてしまったらしい。

いつも爽やかハツラツの幸村が、今はもうキノコが生えそうなくらいに湿気を纏い、落ち込んでいる。

「大学か短大かくらいは決まってないの？」

「…全く」

「あらー…」

私はふぅと溜め息を吐いて、幸村の通知表を思い返す。

「…幸村、体育得意じゃない。体育大学でも行って、先生とかになっちゃえば良いのに」

「姉さん…兄さんに保健が教えられると思うか？」

「あ…」

そうだった。

体育の先生は保健も教えなきゃならないんだ。

幸村が教えたりしたら、「破廉恥でござるー！」の嵐に違いない。

「…ダメか」

「ダメだな」

まぐろを口に入れて、私はふむ、と考える。

チカ兄は少しイライラしてるのか、乱雑にお寿司を食べ終え、ネクタイを緩めながらお風呂に行ってしまった。

「あ、兄上は怒ってしまわれたのか…」

「そうだろうな」

「怒ったってどうしようもないんだけどね」

横に座っていたかすがが、嫌いなウニを私のお皿に移すのを見ながら、私は幸村の頭を撫でた。

「取りあえず食べちゃって、チカ兄が上がったらユキもお風呂入りな。

片付けは私がやるから」

「…分かり申した」

幸村は俯きながら寿司を口に運び続けた。



「…って訳でね、まだお兄ちゃんが怒ったままなの」

「…」

翌日、大学の空き時間に市とご飯を食べながら、私は昨日のの話をしていた。

市は暫く長い睫毛をふせて何か考えていたようだったけど、ややあって私と視線を合わせた。

「花菜はどうやって、進路を決めたの…？」

「え？私は…指定校で行きたかったっていうのがあるからで…チカ兄みたいに自立したいとか、立派な理由はないんだけど…」

「じゃあ、その話を幸村くんにしてあげれば良いのよ…

市もね、とにかく実家を出たくて…あそこを出れるなら、どこでも良かったけど…今は、此処で良かったって思うわ…」

「なんで？」

ぽかんとした私を見て、市は可笑しそうに笑った。

「花菜に会えたから」

「！」

ストライク…！


可愛すぎる市に、男だったら本気で惚れてたと大告白して、吹き出そうな鼻血をハンカチで押さえた。

しかし次の市の言葉に、一気に赤面してしまったけど。

「でも、花菜は片倉様に永久就職だから…就職先は迷わなくて良いわね」

「！…市ぃっ！」

食堂に、本日二度目の叫び声が響き渡った。




アホな話が書きたかったんです。
これ書くのに二月かかった…！

この後、幸村はチカ兄さんとお風呂で語って、ちゃんと仲直りしますよ。

裸の付き合いは大事や！
ＷＥ ＡＲＥ ＪＡＰＡＮＥＳＥ！

私は、ベンチに座る自分を見下ろして、変なところはないかと確認をした。

もうすぐ、あの人に会える。

「……」

（早く、来ないかな…）


私よりも年上な彼は、刑事という特殊なお仕事についていて、今日会うのも二ヶ月ぶり。

私も大人の歳だけど、実年齢も中身も大人のあの人に釣り合うようにするのは、ちょっとばかし技がいるのだ。


「！…」

一機の飛行機が、滑走路に着地した。

私は抑えきれない気持ちに突き動かされるように立ち上がり、彼を迎えるため駆け出した。



「っ…小十郎さん！」

「よぉ、久しぶりだな」

今すぐにでも抱きつきたい私の気持ちを分かってる癖に、小十郎さんはわざと余裕たっぷりに微笑んだ。

「…元気だった？」

「毎週、電話してただろうが」

「でも、小十郎さん無茶ばっかりするんだもん」

ああ、もう

こんな話がしたいんじゃない


「お前の方は、家族は元気か？」

「うん…皆、変わんないよ」

その時、突然彼の手が、私の頭に乗っかった。

「二ヶ月で、随分変わったもんだな。見違えたぜ」

「…どんな風に？」

そろそろ我慢出来なくなって涙目で彼を見上げると、小十郎さんは私を抱き寄せる。


「綺麗になった」

「…ふふ、良かった。3Kg痩せたんだよ…」

「本当か？」

大好きな彼の匂いに包まれて、安心した私はとうとう泣いてしまった。

小十郎さんが私の髪を優しくすいてくれるのが分かる。

お布団の中よりお風呂の中より、この人の腕の中が、私が一番安心出来る場所なのだ。

「じゃあ家に戻って、その成果十分に確かめねぇとな」

「！…バカ…」

私は顔を上げた。

意地悪そうな小十郎さんの顔が、私を見返す。

「他に言うことがあるんじゃねぇか、花菜」

「…うん。

お帰りなさい」

そう言うと、彼の笑みが一層濃くなった。

「お帰りなさい。小十郎さん」

「他には？」

「……会いたかった」


その後、小さく聞こえた「俺もだ」の台詞に、私の目からは、また止めどなく涙が零れた。


あーあ、折角のお化粧が台無し。

「小十郎さん…お帰りなさい」

それでも彼が嬉しそうに笑ってくれるから、今の私はきっと、世界一幸福者だ。





多分、これを見てた周りの方は、微笑んで見れば良いのか警察に通報すべきか悩んでると思います。笑

日曜日、剣道部の県大会に向かった幸村が忘れ物をしていったので、私はそれを届けに大会の会場まで来ていた。


「案外、人いるのねぇ…」

ほうと感心していると、会場の奥から、一際黄色い声援があがる。

「…」

その声援の矛先は我が弟へと向けられていて、私は思わず頭を抱えた。

（お姉ちゃん、複雑…）

ちょっと前までは私とチカ兄に抱っこされて喜んでたっていうのに、いつの間にかあんな格好よくなって…

そりゃあ私も歳取るわね。


「…あの」

「！」

あらぬ方向へ飛んでいた思考を戻してくれたのは、聞き覚えのある可愛いらしい声だった。

「こんにちは」

「…染ちゃん？」

振り返ると、案の定制服の彼女が其処にいて、人懐っこい笑みを浮かべている。

「染ちゃん、マネージャーさんだったの？」

「あ、わたし…」

「違う違う」

首を横に振る染ちゃんの声を遮って聞こえたのは、男の子の声。

「「佐助」くん…」

派手なオレンジ頭の、幸村の友達だった。


「久しぶりじゃないのー、花菜さん。旦那に何か用事？」

相変わらずのへらりとした笑顔の彼に、私も笑って返す。

「うん。忘れ物を届けに。

佐助くんはマネージャーの仕事中かな？」

「だーから、俺様部員だって」

「だって、いつもユキの面倒見てくれるから。お姉さん、大助かりなのよ」

私の話を隣で聞く染ちゃんも、確かにと笑いながら頷いた。

「ああ、それより、染ちゃんがマネージャーじゃないって？」

「うん、そうそう。

染ちゃんはうちの女子剣道部の主将」

「…え？」

私は、再び彼女を見た。


「昨日の女子の部で優勝してるんだよ。染ちゃん」

「…うそーん！」

こんな可愛らしい子が、剣道してんの!？

「……世の中って分かんないもんね…」

私が思わずまじまじと見つめると、彼女は少し頬を染めて、話を変えるように手を打った。

「わっ、わたしのことより、幸村くんに用事があったんじゃないんですか？」

「あー、忘れてた」

私は鞄から、最早彼のトレードマークともなった赤色の包みの弁当を取り出す。

「これ、ユキが忘れてったから持ってきたんだけど、なんかモテモテでムカつくからあげなくても良いかな」

「ふふ」

「まぁまぁそう言わずに。

あんだけモテたら自慢の弟でしょ」

「佐助くんだってモテるじゃないの」

全く、うちの兄弟のまわりは、何かと美形が多い気がする。

チカ兄だってあの容姿だから、昔は遊んでたし、幸村は見ての通りだし、かすがなんか…

「姉さん」

ほら、あんなスタイル良くて美人さんで、

「姉さん」

まぁ、いつも怒ったような顔してるのが玉に瑕だけど、笑ったら可愛…

「あれ、かすがじゃん」

「まぁ。久しぶりですね、かすがちゃん」

「えっ、かすが!？」

私は目を見開いた。

今まさに考えていた妹が目の前に現れたら、誰だってびっくりするだろう。

「全く…ユキ兄の忘れ物届けに行ったと思ったら、自分は財布を忘れて…

どうやって空港まで行く気だったんだ」

仁王立ちの妹は、顔が整っているだけに迫力がある。

「うわ、嘘。ごめん」

「なんだ、俺様に会いに来てくれたんじゃないんだ」

「っ、ふざけるな！なんで私が貴様に会いに…！」

「コラ、かすが。年上の人になんて口きいてんの」

「ふふふ」

まるでコントみたいな会話をしながらふと時計を見ると、もうすぐ予定の電車が来る時間だった。

「わっ、やばっ。電車間に合わない！

染ちゃん、悪いんだけど、これ幸村に渡してもらえるかな!？」

「え、え？わたしですか？」

「うん、染ちゃん！」

びっくりしたままの彼女に弁当箱を握らせて、佐助くんに今度、家に来るよう言って、かすがにお礼を言って、私は駅に駆けていった。


「…ホントに、姉さんは慌ただしいな」

呆れたようにだけど、小さく笑うかすがは、やっぱり可愛かった。




因みに、幸村が弁当を忘れたのは、好きな子が関東大会進出が決まったのに自分が行けなかったら格好悪いと思って、気合い入れすぎて家を出た結果です。

うふ(o｀∀´o)

「…」

金曜の帰り道、私は無駄にニヤけながら携帯を見ていた。

明後日、やっと彼が出張から戻って来る。

朝から気合い入れてお洒落して、午後には空港に迎えに行かなきゃ。


「…あら？」

なんて考えてたら、家の前に人影を発見。

立ち往生してるらしいんだけど、よく見ると幸村と同じ高校の女生徒用の制服を着てるらしい。


「…こんばんは」

「！」

声をかけると、その子は大きく揺れ、振り返った。

振り向いた顔は非常に可愛らしくて、思わず此方の緊張も緩む。

「家に何かご用？」

「あ、あの…」

女の子はそう言うと、持っていた赤いショップバックから、見慣れたジャージを取り出した。

「これを、幸村くんに借りてたので、返しに来たんです。

今日返さないと、明日の部活困ると思って…」

「あらら、わざわざ来てくれたのね。

じゃあ、ちょっと待ってて」

驚いた。

我が弟ながら恐ろしいくらい初心で、女の子と話すのすら危ぶまれる幸村が、こんな可愛い子にジャージを貸してたなんて！

（お姉さん、嬉しい…）

若干涙目になりながら私は家の鍵を開け、可愛い弟を呼んだ。

「ユキー！お客さんだよー」

「おお、姉上。お帰りな…」

とうのユキは、私の奥に立つ女の子を確認すると、そりゃあ物凄い勢いで駆けてきた。

「そそそっ、染殿！如何なされた！」

「あ、突然ごめんなさい。これ、返そうと思って…」

「！」

ユキは真っ赤な顔で女の子（染、ちゃん？）から話を聞き、受け取ったジャージを両手でぎゅうぎゅう握りしめている。

私はそっと家の中に戻って、ユキのパーカーと携帯を持ち、再び玄関を開けた。

「ユキ。染ちゃんのこと、送っていきな」

「えっ、いいえそんな…！一人で大丈夫ですので、」

「そっ、それはならぬ！

このような夜分に、染殿お一人で帰るなど…！」

「そうそう。こんな弟だけど、いないよりは全然良いと思うよ。

それに、染ちゃん可愛いから、絶対変なのに絡まれるって」

私はユキに持って来たものを渡して、小さく耳打ちした。

「ユキ。染ちゃんのアドレスくらい、聞いときなさい」

「なっ、姉上!？」

「じゃあ、染ちゃん。気をつけてね」

にこにこ、抑えきれない笑顔で手を振って、私は二人を見送った。

染ちゃんは最後まで申し訳なさそうに私に頭を下げていたけど、幸村としゃべる姿は幸せそうだった。


「うーん…可愛い子だなぁ…」

あんな子が幸村の奥さんになってくれたら良いのに、なんて考えながら、私は中に戻る。

さて、これをどうやってチカ兄に報告しようか。




この後、涙目のアニキが全力で赤飯とか炊いてたら良い。

水曜日、大学が早めに終わった私は、友達と二人で買い物をしていた。

「！」

その時、ポケットの携帯がメールの受信を知らせる。

「…」

「…どうしたの？花菜…」

「んーん。何でもない」

嘘。何でもなくないんだけど、このメールを市に見せたら超絶自虐に陥りそうだからな。

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1/27 16:37
From チカ兄
Sub (non title)

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今日は、早めに帰ってこい。

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「…お兄さん？」

「ぅえっ!？あ、そうなんだけど…」

「…ごめんなさい…市が花菜を買い物に誘ったから、お兄さんに心配を…」

「ち、違うよ。市」

私は可愛すぎる親友の両手を握って、胸元まで引き寄せた。

「私は、居たいから市と一緒に居るの！

お兄ちゃんにはメールしたから気にしないで！」

「…本当？市、迷惑じゃない？」

「あっっったり前でしょ！

それよりも、長政さんへのプレゼント、探そ？」

「……うん」

花のように微笑む市にノックアウトされそうになりながら、私たちは店の奥へと進んだ。




主人公はとりあえず花菜(はな)で固定で。
長政は市の許嫁。市とは親友だといいね。